限界集落のキャンプ場で誰もが自然体になれる場所を目指して
Co-あきない宣言 編集部 2022年9月14日
愛媛県西条市大保木地区。その大半が高齢者というこの山奥の限界集落にあるのがキャンプ場「石鎚ふれあいの里」。
加茂川と石鎚山に囲まれ、市街地からたった20分で到着できるとは信じられないほど豊かな自然の中にあるこのキャンプ場を運営するのが、田村裕太郎さん。
西条市に縁もゆかりもないこの若者がなぜこの限界集落にやってきたのか。
田村さんの生い立ちと、石鎚ふれあいの里に懸ける思いを伺いました。
1.留年を経験して得たもの
新潟県出身の田村さんは、新興住宅地で育ちました。周りは田んぼしかなかったそうですが、幼少期から海や山など自然のあるところにたくさん連れて行ってもらったそうで、おのずと自然が好きになっていたそうです。
そんな彼の学生時代は、勉強の成績も優秀、小学校2年生ころから始めたバスケでも頭角を現し、文武両道な学生だったそう。
東京の有名大学に進学し、大学でもバスケ部に入部しました。
「大学生の時は、朝から晩まで練習や試合のビデオを見るなどバスケづけの日々でした。」
バスケに打ち込むあまり、大学4年生の時に留年を経験した田村さん。しかし、周りも留年する人が多かったので、それほど留年にショックを受けなかったそう。
「丸々1年間、時間ができたんです。これまで部活と勉強ばかりしていたので、自分の人生で初めて自由な時間が出来た瞬間でした。」
留年の1年間を自分のやりたいことができる期間と捉えた田村さん。
何をやりたいのか自分自身と向き合って出てきたのが、「自然のある所に行ってみたい」でした。
2.自然を求めて
東京から故郷新潟へ。新潟県の北の海に浮かぶ島を訪れます。
周囲23㎞の小さな島に370人ほど人が暮らす粟島でした。
「大学のゼミで町おこしに関わる研究をしてたのもあって。1か月くらい民宿でアルバイトをさせてもらいながら、島の人に色々な話を聞きました」
自然と触れ合いながらのんびりと暮らす粟島での魅力的な生活の中で、お金がなくても幸せに生きていけると気付いたという田村さん。
さらに自然を求め自転車の旅も行います。新潟から出発し、北陸、関西、広島。しまなみ海道を渡って、愛媛、香川まで。ゲストハウスに泊まったり、野宿をしながら、約1か月かけて色々な人と話したり、たくさんの自然と触れ合ったそうです。
そして迎えた就職活動。
好きなことをしたいという思いはあったものの、具体的に何をしたいのかは見つからないまま、早々に受かった1社へ就職することを決め、田村さんは再び自転車の旅に戻りました。
自転車の旅の中で一番印象的だったのは、尾道のゲストハウスだったと田村さんは話します。社会人として働き始める2か月前くらいのタイミングに泊まったゲストハウスのオーナーに「このまま就職していいのか悩んでいる」と話したそうです。
「そしたら「会社で働かなくてもよくね」と言われて。世間の目も気になって会社に入らないといけないと思っていた自分には衝撃でした。」
会社で働く以外の選択肢もあることに気づかされたこの一言が田村さんのその後の人生を大きく後押しすることになります。
3.無力さに自信を失った社会人1年目
自転車の旅も終わり、田村さんは、不動産会社に就職。新規事業部に配属されました。
そこでは、とても苦しい経験をしたと言います。
「一から仕事を教えてもらうというよりは、自分のやりたいことをやっていいという感じで。でも、何をしたらいいかも分からなくて。」
キャリア採用が多い部署で、新卒採用は田村さん1人。
周囲がそれぞれのやり方で仕事をしていく中、何もできない無力感に苛まれたといいます。
「今まで勉強や部活では、同世代の中では比較的できることが多かったんです。でも、会社に入ってから、特に会社でやりたいこともなく、何もできないし、何やっていいかもわかんない。今まで出来てた分、人に教えを乞うのも苦手で苦しい状態が続きました。」
思い悩んだ田村さんは、働き始めて2か月で上司に辞めさせてくださいと告げたそうです。
「さすがに早すぎるだろと言われたので、仕事は続けてたんですけど。気持ち的には結構しんどかったです。」
このままではいけないと思った田村さん。改めて自分は何をしたいのかを見つめなおします。
自身と向き合って出てきた思いが「自然があるところで何かしたい」でした。
4.たどり着いた先は限界集落にあるキャンプ場
旅での経験から、お金を稼ぐことが全てではなく、自然体で暮らすのもアリだなって思ったという田村さん。ゲストハウスのオーナーに言われた言葉を思い出し、会社に就職するというこだわりもありませんでした。
「ただ、何もしないのは良くないと思って。自分の役割を持てる場所を探そうって思いました。」
昔から好きだった自然の豊かな場所で自分の役割を持って何かしたいと考えた田村さんは、
「宿とかお店を引継いでできればいいな。」とぼんやりと思いながら、東京で開かれていた移住希望者向けの説明会にたくさん参加ました。
そこで出会ったのが、愛媛県西条市の地域おこし協力隊でした。
「人が少ない集落なら自分も役に立てるのではないか。」と思ったそうです。
実際に西条市のキャンプ場を訪れた田村さんは、「ここだ」と思い移住を決意します。
東京で就職してからちょうど1年後。2019年4月、田村さんは西条市大保木地区のキャンプ場「石鎚ふれあいの里」に地域おこし協力隊の一員としてやってきます。
西条市へ来ることが決まったとき、ゲストハウスのオーナーにお礼を伝えたそうです。
「僕と深いつながりがあったわけではなく、逆にその時一期一会の人の言葉だからこそ嬉しくて後押しされたので。」
5.地域おこし協力隊という仲間の存在
自分の役割を求めて移住を決めた田村さんのキャンプ場運営が始まります。
まずは、西条の自然でどんなことができるのかを教えてもらったり、自分で体験したりしたと言います。
「春だと山菜採りとか、秋には栗拾ったりキノコ採ったり、シーズンを通してこの山を使った遊びを教えていただきました。」
また、地域おこし協力隊としてともに西条市へやってきた13人の仲間の存在も大きかったと言います。
「同じシェアハウスに住んでいたこともあり、毎日起業について話していました。やりたいことについて話せる仲間がいることはすごくありがたかったです。」
西条市へ来て仲間と共に市内の中心部にあるシェアハウスで暮らしていましたが、
「自分も大保木地区で暮らさないと地域住民じゃないな」という想いを持っていた田村さんは、西条市に移住して9か月後、キャンプ場のある大保木地区へ移り住みます。
地元住民と触れ合ううえで、旅での経験が活きたと言います。
「粟島での地域に溶け込むために何をしたらいいのか経験もあったので、早く打ち解けることが出来ました。大保木地区には昔から学生が来たりしていたようで、世代の壁みたいなのも感じなかったし、皆やさしくて、いろいろ協力してくれてとても助かっています。」
また、苦しかった1年間の会社員経験も、今となっては社会人として仕事をする上で役に立っていると思えるようなりました。
6.自然を楽しむ空間のコーディネート
田村さんが今一番力を入れているのが、彼が新しく始めた「こどもキャンプ」事業。
西条に来て自然の楽しみ方を学び、どうしたら自然を伝えられるかなと思っていた時に、他のキャンプ場「こどもキャンプ」を知りました。
「ここに初めて来たときに、石鎚ふれあいの里の周りの自然を生かして自由に楽しめる場所を提供したいというイメージがありました。しかし、実際に利用される方の多くは、登山するために泊まるとか、川遊びしてBBQするために泊まるだとか、すでに目的が決まっている方が、ほとんどでした。」
目的の決まったお客さんにプラスαを提案するのではなく、まだ目的が決まってない人にいろんな選択肢を与えられる場を提供したと思ったそうです。
田村さんが始めた「子どもキャンプ」では、必ず自由時間を設けています。季節ごとに変わる大自然の無限の選択肢の中で、子どもたちが自由に自身でやりたいことを見つけ、それを実行する。田村さんたちスタッフは、子どもたちが全力で楽しめるようにサポートするそうです。
「石鎚ふれあいの里の中で、自身の実体験も交えながら自然の中での発見や感動を子どもたちに伝える仕事は合ってるなと思いました。お客さんと一緒に自分も楽しみながら働いています。」
「こどもキャンプ」をきっかけに、自然という大きな空間をコーディネートすることに自信をもった田村さんは、今後新たなイベントも計画しています。
「子どもキャンプも単発ではなくて定期開催したいですし、子どもだけじゃなくて大人も含めたいろんな人が自然を楽しめるような空間をコーディネートしていきたいと考えています。」と言います。
これまでの宿泊所としての役割を持たせつつ、色々な人が自然を楽しめる場所にしたいそうです。
7.石鎚ふれあいの里
今後の進化が楽しみな石鎚ふれあいの里。そこに田村さんが懸けるのは「みんなが自然体になれる場所にしたい」という想いです。
「就活の時に、自分のやりたいことと向き合えず、とりあえず世間一般でよしとされる会社員を選んで結局、自分の心と体のバランスを崩してしまいました。でも、きちんと自分に向き合って、西条に来てからは、自分がやりたいこと、思い描いている暮らしがどんどんできるようになってくるのが楽しかったです。なのでこの石鎚ふれあいの里が、自然と向き合い、自分自身とも向き合える場所にしていきたいと思っています。」
自身もまだまだ自然体になる途中だと言う田村さん。
ふれあいの里のお客様とコミュニケーションをとる中で自身の自然体を模索していると言います。
田村さんが新しく始めたシイタケの栽培や、日本ミツバチの養蜂、石鎚ふれあいの里で取れる梅を使った梅酒作りについて話す横顔に、自然と真摯に向き合いながら自身の内面を見つめ直す若者の熱い思いと行動力を感じました。
石鎚ふれあいの里
〒793-0214 愛媛県西条市中奥25-1
tel:0897-59-0203
mail:ishizuchi.fureai@gmail.com
営業時間:9:00~18:00
「石鎚ふれあいの里」ホームページ
https://ishizuchifureai.com/
「石鎚ふれあいの里」公式LINE
https://line.me/R/ti/p/@802pqyrh