四国の特異点 山荘しらさ 標高1,400mの暮らし(2)
フロリダ 2020年12月15日
このほど日本三百名山および四国百名山の一つに数えられる瓶ヶ森(1,897m)の登山道入り口近くの「山荘しらさ」を長年営んでいた小森隆一さんの講演会が、愛媛県西条市・西条史談会の主催で行われた。
今回その講演会のレポートを3回に渡ってお届けし、四国の山のてっぺん暮らしを紹介する。
前回記事はこちら【四国の特異点 山荘しらさ 標高1,400mの暮らし(1)】
標高1,400m 過酷な天候
山荘しらさの指定管理者を退き、現在は西条市内に降りてきて居酒屋を営む小森さん。市内のお客さんが「昨日の雨はすごかった」などと話すのを聞くが、台風や大雨の多い長崎県生まれの小森さんにとって、西条市内の雨のほとんどは大したことはない。そんな小森さんがまず驚いたのは山の過酷な天候だと言う。
また西条市民がよく「石鎚山が風雨から守ってくれている」と言うのを耳にするのだが、それを聞くと「その時は自分が矢面に立って守っていたんだ」と、その過酷さを懐かしむ。
「台風が沖縄を過ぎたあたりから強風になって、それが5日間くらい続く。直撃だと車が飛んでしまうほどの風速になるので、風向きを考えて移動させる。チェーンなどはムチのようにしなるので片付ける。ドアが風で開かなくなってしまうこともある。」
しかし一方でその暴風雨に耐え、台風一過には見たことのない絶景を見ることができる。雲が昇り龍のような青空や一面の雲海がそれだ。
山頂では水の確保も難しい。お風呂や食事、水洗トイレなど、水を多く使う山荘しらさの近くの谷のコンクリート升に雨水をため、ポンプや水道を敷設して利用するが、毎年深さ2m超の升に土砂が溜まり、春先に行う清掃は重労働だ。雨が降らなかった時はトラックで沢まで下りその水を運ぶのだが、ある時親子で作業していたのを新聞にクマ発見と報じられたこともあるそうだ。小森さんは「報道された位置的に僕らだったと思う。(クマと間違えられて猟師に)撃たれなくてよかった」と笑って話す。
平地との気温差も想像に難くない。実際夏でもクーラーいらずで、夜には窓を閉め冬布団で過ごし、ストーブを焚く日もある。10月下旬から積雪が見られ、2月には2m超、4月や11月でも40cm以上、車では動けなくなるほどだ。
気温もグングン下がり、小森さんは-18℃を経験したことがある。この気温では息をすると鼻の中が凍り、吐いた息が髪や眉毛で凍る。北海道・釧路と同じくらいの気象条件となるのだ。南国・四国にこんな別世界があるとは、どれだけの人が体験しているだろうか。
写真、自転車、植物、UFO・・個性的な来訪者
小森さん一家は、12月から3月の間は山荘も閉まる為、その季節は山を下り、本川村の集落に移動して生活していたが、それでも宿泊希望者からの問い合わせを受ける。こんなところに誰が来るのかと思うが、冬には主に写真を撮りたいお客さんとともに、食材をリュックに詰めて冬登山ガイドをしていたという。
小森さん曰く、写真家は個性的な人が多く、環境が険しければそれだけより一層燃える人種だ。冬には圧倒的な自然の姿を捉え、台風シーズンには、暴風の中台風だからこその写真を狙うのだ。
冬以外でも、登山客はもちろん、石鎚山系に魅せられた多くの人々と交流してきた。
例えば、愛媛県でも近年特にその誘致に力をいれている自転車愛好家、サイクリストたち。瓶ヶ森林道の標高最大1,700m地点を目指して、西条市内や松山市から自転車でやってくる人も。中でも強者は石鎚スカイラインを通じて1周200kmのコースに挑む。あのツール・ド・フランスの行程200kmに及ぶアルプス越えに近いものを感じ、血のたぎる人が自転車と共にやって来る。
特定の分野のマニアも多く訪れる。フランス人のプラントハンターは新緑の季節の前にやって来て、ヤマアジサイを採取する。枯れ木のアジサイを持って帰って、挿し木にして増やすのだ。青い花を咲かせる四国のヤマアジサイは、土地の多くが酸性で、赤い花の紫陽花(アジサイ)が多いヨーロッパで人気なのだという。
自国に持ち帰り、土壌をアルカリ性に改良して植えると青い花を咲かせるそうだ。そのハンターはフランスのノルマンディー、モンサンミッシェル付近の住人で、そこはヨーロッパでも珍しくアルカリ性の土壌で、庭では青い花になるのだとか。
UFOマニアの集団との出会いも印象深いという。山荘しらさの前を通るUFOラインの名前の由来は、付近でUFOの目撃情報が相次いだことと、そこから一望できる雄大な山々を表す「雄峰(ゆうほう)」という言葉とをかけて付けられたものと言われるが、彼らはUFOや宇宙との交信にふさわしい場所として石鎚山系を訪れたのだ。小森さんが山荘で働くインターンシップ生を通じて聞いたところによると、「宇宙連合なるものにレベルが低すぎる地球は入れてもらえない」とのこと。笑い話にも聞こえなくは無いのだが、言われてみると確かに人間たちは利己的で戦争ばかり繰り返し、愚かな存在にも思えてくる。少なくとも西日本で最も宇宙に近い場所では、争い事の絶えない人間社会に思いを馳せたくなりそうだ。
生物の研究者、マニアとの出会いも数多くあるが、その中でもとりわけ熱量が高く感じられたのが、漫画家・手塚治虫のペンネームの由来にもなっている飛べない甲虫「オサムシ」のマニアである。
次回最終回では「オサムシ」にまつわるあの著名人とのエピソードを紹介する。